自転車の後ろでゆられながら、思い出すあの日のこと。
「ねえ…えっと、そこのメガネの人!」
私が大野と初めて話をしたのは、入学してすぐ、教室に掲示物を貼るときだった。
掲示係なんていう、めんどくさい係になって、先生に仕事を頼まれた日。
学活で書いた自己紹介の紙を、教室の後ろに貼るために残っていた。
一年生は、まだ部活も始まっていないから、放課後の教室は、人の気配なく静かだった。
同じ係の森さんは、別の仕事を頼まれて、先生と一緒にさっき教室を出て行ったばかり。
だから、ここにいるのは私だけ。
「あー、もー、めんどくさいってば!」
大きめの独り言を言いながらロッカーによじ登り、教室の後ろの壁に手をかけたものの、
肝心の自己紹介の紙を、床に置き忘れていた。
「あー、もー、最っ悪!」
登るのは結構大変だったから、ここを降りて、拾いにいくのはめんどくさい。
あー、誰か…、森さん早く戻ってきて。
そうしてしばらく降りるのをためらっていると、パタパタと廊下を走る音がする。
帰って来たのかと耳をすませば、教室の前でピタリと足音が止んだ。
すぐにガラッとドアが開いて、森さん…じゃなくて、小柄な男子が息を切らせて入ってくる。
私が後ろにいるのを気づかない様子で、「プリント…プリント…。」と独り言を呟きながら、自分の席についた。
ガサガサと机の中を漁る音。
同じクラスの男子だって言うのはわかるけれど、まだ友達じゃないし、なんだか、声を掛けづらい。
そのまま息をひそめて、しばらく様子を見守っていた。
今はまだ、四月の始め。
「大野」と「安田」じゃ、名前の順は端と端。
だから、用事がなければ話なんかしたことは無いし、同じ小学校じゃないから、名前すらわからなかった。
「あった!」
大野が、喜びの声をあげる。
私は、今がチャンスと、声をかけた。
「あ、ねえ、今来た、メガネの人!」
ロッカーの上から、仰け反った姿勢で呼んでみる。
大野は一瞬動きを止め、後ろを振り向いて私を見た。
それなのに、知らん顔して机からプリントを引き出すと、さっさと教室を出て行こうとする。
「ねえ、ちょっと!あんたしか、メガネかけてるの、いないでしょ!」
もう一度大声で呼ぶと、大野は無愛想に振り向いた。
「ね、ちょっと、そこに落ちてる、自己紹介の紙、取ってくれない?」
大野は、床の紙を一瞥すると、ピシャリと私に言い放った。
「…嫌だ。」
「はあ?ちょっと、取ってくれたっていいじゃない!」
「嫌だ…じゃあ、僕と付き合ってくれるならいいよ。」
「はあ?なに言ってんの!ケチ!アホ!地味メガネ!」
大野はメガネのふちに手をかけ、黙って教室を出ようとする。
「あ、ちょ、ちょっと、待ってよ!もー、分かったよ。付き合うよ、付き合うけど、付き合うってなに?」
すると、大野はドアの前で立ち止まり、口に手を当て肩を揺すって笑い始める。
「さあ、僕にもわかんない。昨日読んだマンガにあったセリフを、ちょっと言ってみたかっただけ。」
「はあ?ふざけんな、アホ!地味メガネ!早く紙を取れっ!」
カーッと頭に血が登り、早くしろと手を伸ばした。
「はいはい。」
大野は笑いながら返事をして、床の紙をサッと拾うと、それを持ったまま、ロッカーの上にひょいと登ってくる。
そして、私の隣に立つと、
「ここに貼ればいいの?」と聞いた。
ビックリしながら頷くと、私の手から画鋲を奪ってサッサと貼っていく。
これ、登るの、結構手こずったんだけどな…。
「あ、ありがとう…えっと…。」
「…大野。」
大野は紙を貼りながら、そっけなく答えた。
「あ、大野。」
私がそう言うと、手を止め私の方を向く。
「初対面で、呼び捨てする女子って初めてなんだけど。」
「え?なにそれ?そんなこと言う男子も初めてだし。
じゃ、大野の誕生日っていつ?」
「11月だけど?」
「私、4月!
ほら、大野の方が年下じゃん。だから、呼び捨て。それに背だって、私の方が高いし。」
確かにその時は、私の方が5センチぐらい高かった。
今は、私の方が完全にチビだけど。
「…はいはい。」
「あしらうな、大野!」
大野は、自己紹介の紙に視線を落として静かになる。
「趣味は、シール集めと音楽鑑賞。
好きな言葉は、一期一会。
おっちょこちょいですが、よろしくお願いしますっと…はい、よろしく。」
紙を読み上げながら、大野は顔をあげ、それを私の前に突き出してニヤリと笑う。
私はそれをバッと奪い取ると、大野をキッと睨んだ。
「これからよろしくね、安田さん。」
大野はそう言って、ぴょんとロッカーから飛び降りると、教室を出ていった。
手の中には、私の自己紹介の紙がぐしゃっとつぶれている。
「んもー!地味メガネのやつ!覚えとけよ!」
私はそれを適当に広げて、空いてる場所に貼り付けると、
大野の自己紹介の紙の前に立った。
そして、そこに貼ってある写真の鼻の穴に画鋲を二つ突き刺して、ガタガタとロッカーを降りた。
それが、私と大野が初めて話をした日のこと。
まだまだ恋なんて程遠い、12歳の出会いだった。
おしまい。
……………
皆様にお返事ができない代わりに、
お話を書かせていただきました。
こんな感じな二人です。
あ、もう、このお話は、これでおしまいのつもりです(;´Д`A
時間が取れなくて、お返事はできませんが、何かありましたら、遠慮なくコメント欄に書いておいてくださいね。
いつもありがとう。
感謝しています。
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