こんばんは。
※この記事は私の考えを徒然なるままに書いているだけですので、
情報とか何にもないのでスルーで大丈夫ですよー*(^o^)/*
暁、聴いてますか?
最近私は、この歌の意味をずーっと考えています。
検証、楽しいです
うちにある百人一首関係の本を開いて確認。
三条院の方は、うちにあるどの本を見ても「世」だった。
現在使われている「浮世絵」とか「浮世離れ」などの「浮世」は、
無常のもの、儚い世の中を意味する言葉で、
仏教的厭世観を背景に、辛いことを意味する「憂し」を使って「憂き世」と表記したのが本来の意味。
それが「浮き世」の語源となっている。
三条院の歌が「世」であることは、
彼の人生(失明したり帝位を奪われたり)を考えても分かる。
無常の世の中を嘆きたくなる人生だもん。→こちらについてはまた後ほど。
がしかし、暁の歌詞は「夜」。
なんで、「世」じゃなくて、「夜」にしたのかなと。
題名からして怪しいんだな、これ。
一見、明るい兆しみたいのを感じる題名なんだけれども、もともとの意味は違うわけで。
現在「暁」は、夜明け前の薄明るい時間を表しますが、
古典の世界の「暁」は、まだ深夜、真っ暗な時間を表しています。
…ふと見上げ おぼろ月浮かんだ 夜に…
この歌詞からも、明け方ではなく夜だとわかります。
「朧月」は春。もやった月のこと。
「朧月」+「夜」で思い浮かぶは、源氏物語の「朧月夜」
春の宴で源氏と出会った女性。
朧月夜は、春宮(東宮)に入内することが(帝のお嫁さん)決まっていたにも関わらず、源氏と一夜の逢瀬。
お互い忘れられないほど愛し合うわけです。
しかし、バレたらまずいわけです。
ど偉い人の結婚相手に手をつけたわけだから。
…この歌詞には、そんな意味も含ませてるのかな…とか思っちゃう私は考えすぎかなー。
つまり、好きになっちゃいけない人との恋の歌…なのかな…とか。
あの日の君が忘れられないけど、もう会うこともできない…みたいな。
暁とは、古典の世界では恋人同士が分かれる時間なわけで、
通ってきた男性は、まだ夜が明けぬ、暗い時間に去っていくのです。→暁の別れ
「源氏物語」では「暁」は後朝の場面でよく出てきますが、死別の時にも使われます。
そんなところからも「暁」は、
「夜明け」の明るいイメージだけでなく、
暗く「別れ」のイメージもあるわけです。
こう考えると「暁」がもたらす意味は二つあり、
一つは「男女の逢瀬」の喜び
もう一つは「別れ」からの悲しみ。
この二つの感情に揺れる男子の歌なのかなー。
まだまだ私の考えは続きますが、一旦この辺で切ります。
ていうか、歌詞の一行目まででこんなに長くなってすいません![あせる]()
![あせる]()


検証は②につづきます。
おやすみなさい*(^o^)/*