Quantcast
Channel: Blue Moon
Viewing all articles
Browse latest Browse all 2401

小説@「チャコの雪物語」〜Magic of snow〜前編

$
0
0





















雪の朝、ホームは混んでいた。

人々は、電車の到着を、今か今かと待ちわびている。





3両目に並んだ陸人(りくと)も、イヤホンをして参考書を開きながら、電車を待っていた。








12月24日、塾の模試。


昨夜は、遅くまで机に向かっていたのだが、それでもいまいち自信がない。





もちろん勉強もだが、あの独特の雰囲気が苦手なのだ。




前回は、鉛筆を落として拾ってもらった後、ずっと変な汗とドキドキが止まらなくて、全く集中できなかった。





鉛筆ならまだいい。

音がするから、向こうから気付いてもらえる。



消しゴムなんか落としてしまったときは最悪だ。


音が出ないから気付いてもらえないし、スーパーボールのごとくバウンドして、とんでもないところまで行ってしまうことがある。


そうなると、テストどころじゃない。


手を挙げるタイミングばかり気にしてしまうからだ。








陸人は、あごの下にあったマフラーを引き上げながら、頭上の時計を見る。


電車はかなり遅れていて、ようやく二つ前の駅に着いたようだ。




かなり早めに来ておいてよかったと、陸人は思った。


遅刻して途中から入るのだけは、絶対に避けたかったからだ。





時折、ホームに風が吹き込むと、陸人のカバンについた鈴が揺れ、チリンと音を立てた。




雪が紙に当たって、パラパラと音を立てる。



陸人は、開いた参考書の上に邪魔するように降る雪を、ふっと吹いて飛ばした。



雪で隠れていた文字が見える。『あなたの願いは何ですか?』



…ん?英語で答えなさい…か。





俺の願いは、5年前からずっと変わってない。



{A9697272-E362-4C15-B7A7-300D1DFFBF95:01}




って、どう訳すんだっけ…えっと…。









えっと……っえ?






突然のことだった。


後ろからイヤホンの片方を引っ張られ、耳から外れた拍子に聞こえた言葉。





「好きよ。」





…なに?


もう片方のイヤホンを外しながら、陸人は直角に振り返る。





「好きよ、陸人。」



陸人の目には、柔らかそうな栗色の髪の毛と、黒目がちな丸い瞳の女の子が写った。



背は、陸人よりだいぶ低い。





「ちょ、ごめん…君、だれ?」



自分の名を呼ぶその顔に、全く心当たりがなかった。



この予想だにしなかった出来事に、消しゴムを落としたときみたいに、変な汗がどうどうと噴き出してくる。




「会いたかったよ、陸人。」



「だから、俺は、君のこと…。」



「陸人だって、会いたいって言ってたのに…。」




俯く彼女の頬を縁取る茶色いファーの毛先に、ビーズのようにくっついた雪が、キラキラ輝いている。




「好きよ。」



陸人は、聞きたくないという風にイヤホンを耳にはめ、「ごめんね。」と前を向いた。






同時に、電車到着のアナウンス。




彼女は、陸人の背中に手を伸ばし、イヤホンを両方引っ張った。


すると陸人は、参考書をパタンと閉じて、怖い顔をしながら振り向いた。




「なに?まだなんか用?」




「好きな人に好きって言えるって、幸せなことなんだよ。」




「なんだそれ。もう、俺の邪魔しないでくれる?」





電車が、大きな音を立てて、ホームに滑り込んでくる。

 


「陸人が大好きだって、やっと言えたのに。」



ドアが開き、ホームに膨らんだ人々は、次々に電車へと吸い込まれていく。



「ごめん、とにかくわかんないし、悪いけど、遅刻しそうだから。」




そして陸人も、電車の中へ消えていった。







彼女は、きゅっと唇を噛んで背を向ける。




出発のアナウンス。長い笛の音。

ドアの閉まる音がする。


電車が風を引き連れて、駅から離れていった。





一瞬の静寂。



風で雪が舞う中、チリンと鈴の音が聞こえた。










「…お前、まさか…。」



彼女は、振り返る。

そこに、陸人が立っていた。







「チャコだろ?そうなんだろ?」




彼女が応える代わりに、陸人のカバンについた鈴が、チリンと鳴った。





「…マジか…。」




陸人は、ゴムで弾かれたように前へ進み、彼女をぎゅっと抱きしめた。





「ずっと会いたかった。



{1B278146-2995-41A5-9C3F-F6F28812B51E:01}



好きだ。大好きだ。…チャコ。」



















後編に続く。










Viewing all articles
Browse latest Browse all 2401

Latest Images

Trending Articles