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雪の中、背中を丸めてチャコを抱きしめながら、サンタクロースに願った。
何回こうやって願ったかわかんねーけど、それでもやっぱり願うんだ。
「会いてーよ…チャコ。」
陸人は、小学校入学と同時に今の家に引っ越してきた。
1学年1クラスずつしかないので、クラス替えはなし、地元の子供たちばかりの小規模校。
よそから転校してきた陸人は、緊張しいで不器用な性格もあってか、なかなか打ち解けられずにいた。
そんな陸人をいつも気にかけてくれたのが、隣の席の「千夜子(ちやこ)」。
みんなからは「チャコ」と呼ばれていた。
千夜子は、女の子なのに珍しく、地元の少年野球チームに所属していた。
だから、髪はずっと短くて、1年生の途中からかけ始めたメガネは、後ろがゴムで繋がったスポーツメガネを選んでいる。
肌は年中真っ黒で、服はズボンしかはかないし、背も、6年生までずっと、陸人より高かった。
『気にしない気にしない。陸人が頑張ってること、私はちゃんと知ってるよ。頑張っていれば、必ず結果がついてくるから。ね、だから次も一緒に頑張ろ。』
努力しても失敗ばかりの陸人のことを、千夜子はちゃんとわかっていて、いつも励ましてくれた。
陸人にとって、千夜子は一番の友達。
千夜子にどれだけ勇気付けられたかわからない。
4年生になった頃、陸人は千夜子ばかりが気になって、どうにも心が落ち着かなくなった。
それが初恋だと気付いたのは、5年生の時。
自分の気持ちに気付いても、好きだと伝える勇気など、このときの陸人にはない。
このまま中学も一緒なんだし、いつかそんな日が来たらいいなと、12歳の陸人は漠然と考えていた。
5年前の、あの雪の日までは。
あの日…
陸人の頬に顔を寄せた茶色のネコは、千夜子が最近飼い始めた「チャコ」だった。
自分と似ているから、同じ名前をつけたのだと言っていた。
チャコを探して空き地に現れた千夜子。
チャコが、陸人の腕の中にちょこんと収まっている様子を見て、千夜子はホッとした表情を浮かべる。
陸人は、チャコを返しながら、雪で遊ぼうと千夜子を誘った。
いつもならノリノリで誘いに乗ってくれる千夜子が、なんだかおかしい。
『私、遊びに来たんじゃない。陸人に話があってきたの。』
言葉一つ聞くたびに、陸人は、心臓をぎゅっと絞られるみたいに苦しくなる。
いつもと違う千夜子の様子に、陸人はとても緊張した。
『陸人…あのね、私、病気なんだって。こんなに元気だけど、病気なんだって。
でも、それを治療できる病院が、ここにはないんだって。
だから、病院の近くに引っ越すんだって。ずっと遠くに行くんだって。』
陸人は、巨大なハンマーで強く頭を殴られたような衝撃を受けた。
身体が動かない。うまく息もできない。
『ね?聞いてる?』
千夜子の声は、震えている。
『私、頑張るから、陸人も頑張って。ちゃんと頑張れば、きっと結果がでるから。
約束しよう、陸人。
お互い、何があっても信じて頑張るって。諦めないって。
私、ちゃんと約束するよ。』
陸人は、頷くのが精一杯だった。
『治ったらちゃんと迎えに来るから、それまで陸人が預かってて。』
千夜子は、陸人の腕の中にチャコを放して微笑んだ。
目を離すとすぐにどこかに行ってしまうからと、小さな鈴と一緒にチャコを放した。
それから先は、よく覚えていない。
目の前がちゃんと見えるようになったときには、陸人の前に千夜子はいなかった。
陸人の手には、小さなチャコと、小さな鈴が残った。
その夜、陸人は短冊を書いた。
数ある神様の中で、サンタクロースを選んだのは、今までずっと、頼めば必ず陸人の願いを叶えてくれたから。
陸人にとっては、100パーセントの神様だった。
友達の間で、サンタクロースはいないんじゃないかと話題になったとき、千夜子は言った。
『疑うより、信じる方が、楽しいよ。』
千夜子の言う通りだ。
いないと疑うより、いると信じる方が、クリスマスは楽しくなる。
全てにおいて、そう考えられるようになったのは、千夜子のおかげだ。
もう、ゲームも新しい自転車も、何もいらない。
服も靴もこのままで構わない。
12歳の陸人の願いは、ただ一つ。
『元気なチャコにもう一度会うこと。』
陸人は、千夜子の病気がちょっとだけ大変な病気だと母親から聞いていた。
治療しても、完璧に元気になれるかはわからないってことも。
でも、可能性はゼロじゃない。
クリスマスに雪が降るというのは、この地域では奇跡に近い。
それでも、可能性はゼロじゃない。
千夜子のことも、クリスマスに雪が降ることも同じことだ。
ゼロじゃないなら、信じて諦めない。
だって、千夜子は言ってたから。
頑張れば、必ず結果は出るって。
疑うより信じようって。
千夜子もきっと、信じて頑張っているはずだから。
陸人は、願いを込めて、短冊を書いた。
そして5年後、
クリスマスに雪が降った。
⑤に続く