一つ前のお話
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…………
「…陸人?」
「こっち来んな!」
陸人は、両手で顔を覆ったまま、後ずさりながら叫んだ。
「触れたら消えたんだ。夢にチャコが現れて、やっと会えたと思ったのに。
5年前と夢と、2度も俺の前からチャコがいなくなったんだ。
きっとこれも夢で、チャコはまた、俺の前から消えるんだ。な?そうなんだろ?
俺…3度もチャコと離れたら、マジで…どうなるかわかんねーよ。
チャコは知ってるだろ?俺が、メンタルめちゃくちゃ弱いって。
俺には無理だ。耐えられない。
チャコを消したくないんだ。この手で触れて、無くしたくない。
だから、俺の記憶ごと持ち去って、もう二度と現れないでくれっ!」
口から出た言葉と、想う気持ちがあまりにも違いすぎて、何が何だかわからない。
パニックになるぐらい、目の前の千夜子が美しくて、衝動を抑えるのに必死だった。
「バッカじゃないの?」
「…ってー!あぶねーだろ!」
千夜子の投げた四角い箱が、陸人の肩をかすめて飛んでいき、雪の上にボスンと落ちた。
「見かけが変わっても、バカはバカだってことよ!」
「はー?チャコだって、見かけは変わっても、口の悪さは変わってねーな!」
千夜子は、チャコの入ったバックを胸に抱き、陸人を睨んだ。
「私が消える?確かめもしないで、ビクビクして、余計なことばっかり考えて。
そんなだから、チャンスだって逃げちゃうし、結果だって、いつまでたっても出ないんだよ!
全力でやったことなら、たとえ消えたっていいじゃない!」
それでも、陸人は動けなかった。
そんな千夜子をますます失いたくないと思ったから。
「もういいっ!
私は、私は…チャコを取り返しに来ただけだから!」
千夜子は、くるりと背中を向けて走り出す。
陸人は、一歩進んで振り返り、雪の上に転がった箱を拾いあげて愕然とする。
そして、千夜子を追って、勢いよく走り出した。
「おい、ちょっと待てよ!」
ようやく追いつき、並んで走る。千夜子はスピードを上げる。
「嫌だ、待てない。」
「待てってば!」
「待てないよ!
もう、5年も…5年も頑張ったのに、これ以上待つなんて、できるわけな……
…い……。」
陸人は、千夜子の腕を掴んだ。
急ブレーキをかけたように、千夜子の足が止まる。
「女のくせに、足、速すぎんだよ!」
千夜子の怒った横顔に、涙の筋。
迷いなど吹き飛んだ。
「行くな。」
後ろから腕を回して、千夜子を強く抱きしめた。
「バカな俺を置いてくな。
まだ、こいつのお礼だって言ってねーし。」
陸人は、握った箱をカラカラ振った。
「…弱虫。バカ。アホ。ビビりの意気地なし。」
「そうだな。」
「そんなだから、夢の中の私も消えちゃうんだよ。」
「ん…そうだな。」
「夢すら前向きに見られないくらい不安なら、ちゃんと確かめればいいんだよ。」
「そうだな。…ほんと、チャコの言う通りだよ。」
陸人は、千夜子を覆うように抱きしめ直した。
「あ、あの…もう消えないって分かったでしょ?ちゃんと確かめることができたんだから、もう離して。」
「…まだだ。まだ確かめてる。」
陸人の力は緩まない。
千夜子は、観念したと言うようにため息をついた。
「5年前は…背だってすっごいちっちゃくて、声も女の子みたいで、もやしみたいに細くて、緊張しいで、失敗ばっかりで足は遅いし…
…なのに…こんなに大っきくなって、抜け出せないぐらい力も強くて、声も足の速さも…変わってて…
…怖くなるのは、私の方だよ…今の陸人に会えて良かった…。」
夢で抱きしめた時には感じなかった千夜子の体温。
「あったかいチャコに会いたかったんだ。めちゃくちゃ会いたかった。」
陸人は、千夜子の温かさを感じるたびに、泣きそうになるのをグッとこらえていた。
⑦に続く。
映像にしたら一瞬のシーンを、活字にするとダラダラ長くて、ほんとすいませーん(;´Д`A
ツイ@bmtomoe