すごい雨。
日中はうだるような暑さだった。
抜けるような青空が広がっていたのに、一瞬にして暗闇に包まれ、たたきつけるような雨が降り出した。
傘なんか持っていない。
頭にカバンを乗せて、猛ダッシュ。
夏の雨だし、寒くはない。
濡れて肌に張り付くシャツが、キシキシする。
こんなにずぶ濡れじゃ、電車もバスも使えない。
走って帰るしかなかった。
横を走り抜ける車から、何度も泥水が跳ね上がる。
後ろから来た車。
私に並走しながら、後部座席の窓が開く。
「これ使って。」
えっ?
横を向いた私に、傘がポンッと投げられた。
咄嗟に手を出し、傘を受け取る。
立ち止まる私。
車はそのまま進んでいく。
「あ、これ!」
開いた窓から、オッケーサインの形をした腕がニョキッと出て、そのまま行ってしまった。
誰だか分からない。
手の中の傘を見つめる私。
…こんなことって…
お礼…言いそびれちゃった…
少し大きめの、ちょっぴり派手な傘を、ゆっくり開いた。
私にぶつかり放題だった雨。
そこから守ってもらえる、小さな空間。
珍しい大きさの傘。
そう思ってあちこち見回すと、柄にテレビ局の名前。
テレビ局…?
後日、傘を返しにテレビ局へ向かう。
傘はこの局のものであったため、快く受け取ってもらえた。
一応お礼も言えて傘も返せたし、気分良くこの場を後にした。
真夏の太陽がギラギラと照りつける。
歩くだけで汗がボタボタ流れ落ちた。
正面に見える入道雲。
視覚からも、今は夏だと強く感じさせる。
途中の販売機でお茶を買い、歩きながら一気に飲み干した。
見上げた視線の先に近付く黒い雲。
まずい、また、雨が降る!
今度こそ濡れないように、急いでバス亭に向かう。
バスを待つ間、雨がポツポツ落ちてきた。
あーあ、まただ…
服が濡れ、これじゃバスには乗ることができない。
すると、私の前に、一台の車が停車した。
後部座席の窓がスーッと開いて、傘が差しだされる。
「はい、これ。」
あっ…
あの時の人だ!
「私…今、さっき傘を返しに行ったんです!傘、ありがとうございました。」
「…うん、知ってる。…この傘だから。
いいから、早くこれ使って。」
「あ…はい…すいません。」
私は傘を受け取り、その見慣れた派手な模様に苦笑しながら、ゆっくりと開いた。
「…見つけるときは、いつも雨ばっかりだな…
「えっ?」
なんでもないという風に、彼は首を振る。
「もしかして、雨女?」
そう言って、優しい笑顔で私を見る。
ああ…そうだ、名前を聞かなきゃ。
2回も助けられたんだもん。
「あの…お名前を教えてくださいませんか?」
「…俺?俺の名前は…正真正銘の雨男です。」
そう言って、クシャっと笑った。
車の中から、声がする。
「…大野さん、ふざけてないで、そろそろ行きますよ。」
…大野さん?…
「ふざけてねーって、じゃ、気をつけて!
あ、これからは、ちゃんと傘を持って出かけた方がいいよ、雨女さん!」
彼の優しい笑顔を残して、車は走っていった。
芸能界に疎い私は、その時の彼が芸能人であるということさえも気付かなかった。
その時はただ、素敵な笑顔の持ち主だな…そう思っただけだった。
…後日、あの時の彼が「大野智」という人物だと分かった。
嵐という人気グループのリーダー。
せっかく名前が分かっても、お礼すら言いに行くこともままならない人だった。
あの2回の偶然以降、彼に会えたことは一度もない。
私はあの日以来、どんなに晴れた日でもカバンに傘を入れていた。
おかげで、何度か突然の雨に降られても、難を逃れることができた。
それにしても外出すると雨に遭遇することが多い。
あの彼が言った「雨女」という言葉も、まんざら嘘ではないなと笑ってしまう。
彼も「雨男」と言っていたから、いつも雨ばかりなんだろう。
想像すると、ちょっとだけ近くに感じて、心が温かくなる自分がいた。
仕事を終えて帰宅する途中、ポツリと雨が落ちてきた。
…また来たの?
雨が来ることを楽しむように、私はカバンから傘を出してパッと空中に広げた。
夜の闇に、ところどころ街頭で照らされた雨がキラキラと輝いて見える。
パシャ…パシャ…
水たまりを踏むと、独特の音楽が響き渡る。
パシャン…パシャ…
大きな水たまり。
小さな水たまり。
踏めば違う音がする。
子供に戻ったように、心が弾む。
バシャンッ
パシャパシャ…パッシャン…
向こうからも楽しそうな音楽が聞こえる。
顔を上げて、そちらの方に目を向ければ、街灯に照らされた一つの影が近づいてくる。
水たまりごとにジャンプして…まるで、蝶が花から花へ飛び移るように軽やかだ。
お互いの距離が近づいていく。
暗闇から、街灯の明かりの下にたどり着くと、見覚えのあるあの優しい笑顔。
…あっ…
心臓がドキンと大きく音を立てた。
目の前の彼が、ゆっくりと言葉を発した。
「…雨…女…さん?…ああ、やっと会えた。」
そこにいたのは、芸能界の華やかなスポットライトを浴びる彼ではなく、一人のはにかんだ笑顔を見せる優しい雨男さんだった。
雨は私たちの傘の上で、静かで優しい音楽を奏でている。
それは、どんなラブソングよりも甘くて切ないものだった。
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耕太まで、あと9日。
こちらのお話は、耕太君を演じた智くんの「ロケに行けば必ず雨が降る」という「雨男」エピソードから作ったものです。
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