私の手の甲と、彼の手の甲がぶつかる。
初めてできた彼。
初めてのデート。
そんなに近くに並んでいないのに、なぜか何度もぶつかった。
あ…まただ…
コツンと手の甲が触れる。
近すぎるってこと?
私は半歩横にずれて歩いた。
それでも、またぶつかる。
彼の顔を見上げると、前を向いてすまし顔。
気にしていない様子。
信号待ち。
コツンと手の甲がぶつかって、そのままぴったり離れない。
…あ、やだ…どうしよう…離すタイミングが分かんない…
手の甲の、骨の出っ張ったところ。
一センチにも満たない場所が触れているだけなのに、胸がドキドキして手のひらは汗びっしょり。
信号が青に変わった。
ゆっくりと歩き出す。
当たっていたその場所だけ、離れたはずなのにまだ熱い。
手のひらの汗を、デニムの太ももで拭った。
ただ歩いているだけなのに、こんなに緊張するのはなんでなの?
視線の先には、また信号が見えた。
信号が点滅し、やがて赤に変わる。
私たちは立ち止まる。
決まって触れ合う、手の甲の骨の出っ張ったところ。
ギュンギュンと音がするくらい、胸が高鳴る。
手のひらに汗が吹き出す。
こんな小さな場所に、こんなにも神経が集まっていたのかと驚いてしまう。
手の甲を通して、彼の血液の流れる音まで聞こえてくるようだ。
青信号。
止まっていた人々が、ゆっくりと歩き出す。
…私たちは止まったまま、動けずにいた。
やがて信号が点滅し、また赤になる。
触れ合ったままの手の甲は、どちらともなくゆっくりと向きを変えた。
信号が青に変わった。
重なった手のひら。
もうコツンとぶつかることなく、しっかりと繋がっていた。
そこからはもう、ずっとドキドキしっぱなしだった。
彼と繋がっている安心感と緊張と、感じたことのない胸騒ぎ。
好きな人と手を繋ぐ。
たったそれだけで、こんなにも苦しくなる。
「少し休もう。」
そう言われて、公園のベンチに座る。
手、繋いだままだ。
休めない。
胸がバタバタしていて、全然休めない。
「緊張…してる?」
私の顔を覗き込んで、彼が聞く。
頭をブンブン縦に振った。
「ふふふ…俺も…すっごい緊張してる…
彼が、澄ました表情から一変、はにかんだ笑顔を見せた。
ドッキ―ンと大きく高鳴る胸。
デートってこんなに苦しいんだ…
もう、心臓がいくつあっても足んないよ。
「手…繋ぎたかったんだけど…タイミングつかめなくって…
そう言って、恥かしそうにちょっぴり赤くなる彼。
もう、なんて言っていいのかもわからずに、下を向いた。
「俺…
彼が、ポツリと話し出す。
「俺さ、何年経っても…こうして手を繋いでいたいって、そう思うよ…
私は胸がいっぱいになって、泣いてしまった。
幸せとか永遠の愛とか、そんなことは、まだわからない。
だけど、今この目の前にいる人は、私のことを大切に思ってくれている。
そう思うだけで、胸がいっぱいになった。
「なんで泣くんだよ…?」
「うん…ごめん。」
ただ泣き続ける私の手を、ぎゅっと握りしめてくれる彼がいた。
「約束な。」
「えっ?」
「また、ここに来て、手、繋ごうな。」
そう言って笑う彼は、私よりずっと大人に見えた。
あれから何年経っただろう。
毎年ここに訪れては、「ほら」と言って、手を差し出す彼。
あの時の約束は、今もなお、ちゃんと守られている。
私がその手を繋ごうとすると、今では「ダメー!」と遮られてしまう。
「パパとつなぐー!」
ちっちゃな手が、彼の手を占領する。
私も彼も苦笑い。
空いてる方の手をヒラヒラさせて、こっちにおいでと私を呼ぶ。
私は娘に見つからないように、そっと彼のそばに。
そして、あの時のように、手の甲をコツンとぶつけた。
「ママは、パパとつないじゃダメだよ?」
目で「悪りぃな。」って合図する彼。
私は「いいよ」って目で応える。
娘の監視の目を盗んで、時々ギュッとつながれる手。
そのたびに、ドキンと懐かしい胸騒ぎ。
変わらないときめきを、今でも私にくれる。
彼の手はあの時からずっと、つながれたまま。
横を向けば、同じ笑顔が二つならんで、私を見ている。
娘と彼、彼と私。
手のひらがつながって、長い影になる。
「また、来ような。」
そう言って笑う彼に、心の底から「うん」と返事した。
「しょうがないから、ママもパパと手つないでいいよ~!」
私と彼は顔を見合わせて、そっと手のひらを合わせた。
温かな温もりが、ツッと伝わって、穏やかな幸せが私を包んでいた。
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耕太まで、あと8日。
このお話は、耕太と絵津子が手を繋ぐ写真を見て書きました。






