勇になんて言おう…
勇になんて謝ろう…
自分のしてしまったことに悔いて、心が苦しかった。
…ありがとう、智!あ、でも、彼女を怒らせんなよ。
それから、手、出すなよ…
…出すわけねーだろ!
勇との会話が、頭をめぐる。
ごめん。
勇…。
「智…?」
その言葉に驚き、両手を顔から離して振り向いた。
「智?いるの?」
「ああ、いるよ。…具合どう?」
そう言って、俺は勇の額に手を乗せる。
…良かった。だいぶ下がっている。
「うん、だいぶいいよ。…智、遅いから心配した…。」
勇は俺に向かって、小さく微笑んだ。
「俺…智に電話しながら玄関に行って…
「うん…帰ってきたら、勇が玄関で寝てた。」
「そっか…じゃ、智がここに運んでくれたんだね、ありがと。」
素直に感謝の言葉を伝える勇。
勇の笑顔は、俺の心にチクリと刺さる。
俺は…ありがとうなんて言われる奴じゃないよ。
勇との約束、守れなかったバカなやつなんだ。
目を合わせるのが辛くて、視線が泳ぐ。
耐えられなくなって下を向いた。
「葉月さん、きれいだったでしょ?」
ドキンと大きく心臓が揺れる。
キスしたって、抱き合ったって…言わなきゃ…ウソは、嫌だ…
「ん?どうした、智?…葉月さんとなんかあったの?」
勇が俺の目を覗き込んでくる。
「…もしかして、惚れた?」
「ち、違うよ…勇、あのね…
ちゃんと話そうと口を開くと同時に、勇が言った。
「俺、葉月さんのこと本気なんだ。」
「…あ、うん。」
「好きなんだ。」
「うん…分かってる。」
言えなかった。
キスのことも、身体に触れたことも。
勇は本気なんだ。
勇を傷つけるようなことはしたくない。
「俺、風呂入ってくる。」
そう言って、勇の部屋から離れた。
頭に浮かぶ葉月さんの顔をかき消すように、何度も何度も髪を洗った。
その後しばらくは、勇の代わりをすることはなかった。
正直ホッとしていた。
なぜなら今、勇と葉月さんは、ドラマで共演している。
内容はべタなラブストーリー。
勇の代わりで出演したら、葉月さんとまた会わなければいけない。
しかも、ラブストーリーを演じるなんて、俺にできるわけがない。
そしてあれから…
勇と葉月さんは付き合っていた。
ドラマのカップルのまま、私生活でも恋人になっている状態。
あの日のこと。
勇から何か言われるかとハラハラしたが、そんな様子もなかった。
俺は今日、久しぶりに仕事で外へ。
勇はこれまた久しぶりのオフで、部屋でゴロゴロしていた。
「いってくるね。帰りは遅くなる。」
そう言う俺に、ソファーの上で応える勇。
「ほーい!気をつけて~!」
仕事が思ったより早く終わり、腹を減らしてるであろう勇に、寿司を買って電車に飛び乗った。
ドアを開ければ、思ったより静か。
…勇、寝てんのか?
それなら起こしてはいけないと、静かに廊下を歩いていく。
その先の勇の部屋。
細くドアが開いていて、灯りが廊下に漏れている。
ネコ?
ネコの鳴き声かと思った。
そんなの…聞いたことがなかったから。
勇の部屋の前を通ったとき、猫の正体が分かった。
心臓が止まるぐらいの衝撃。
…葉月さんだった。
ドアの隙間から、絡み合う二人が見えた。
俺はそのまま後ずさり、家を出た。