こんばんは。
最終話、毎度のことながら、前半後半に分かれます。
それでは、妄想小説@「智と勇」最終話、前編です。
よろしくお願い致します。
前回のお話、妄想小説@「智と勇」27はコチラ↓
http://ameblo.jp/see-la/entry-11715671268.html
はじめから、妄想小説@「智と勇」①はコチラ↓
http://ameblo.jp/see-la/entry-11596911987.html
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身を乗り出してタクシーを止め、自動で閉まるドアに手をかけ、引き寄せた。
叩きつけるような大粒の雨。
濡れたジャンパーを脱いで、小さく丸めて膝の上におく。
息を長く吐いて、窓の外を見た。
ガラスに映る自分の顔を隠すように、ポケットにねじ込んであった、ニット帽とマスクをつける。
心がジリジリする。
胸を掻き毟りたい衝動。
指先でおでこをこする。
時間だけが過ぎていく。
車はなかなか進まない。
向かっている先には、テールランプが長く連なっている。
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今はちょうど帰宅時間。
さらに、追い打ちをかけるような大雨。
渋滞は免れなかった。
携帯に表示された時間。
生放送開始まであと五分。
間に合わない。
運転手に下車を告げ、雨の中を飛び出した。
もちろん走ったって、間に合わない。
それでも、ただじっと席に座っていることはできなかった。
細い路地を抜け、公園を横切り、全力で駆け抜ける。
今一人で闘っている勇の元へ、ただひたすらに。
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転がり込むように、テレビ局に着いた。
裏口に回り、ニット帽とマスクを外せば、「勇」だと分かり通してもらえた。
濡れた俺の姿を見た警備員さんが、「娘が君のファンなんだよ。」と言って、来ていたジャンバーを貸してくれた。
「…ありがとう。あとでこれにサインして、返しにきます。」
ニット帽とマスクをつけながら、小さく会釈した。
嬉しそうに頷く彼の横を通り過ぎ、収録のスタジオへと急いだ。
時間は40分を過ぎていた。
間に合ったのか、そうでないのか。
今の俺には、状況が全く分からなかった。
地下の突き当たり、一番大きなスタジオ。
「ON AIR」
赤いランプが灯る。
そっとドアを開け、中に入った。
モニターには、今の状況が映し出されている。
…さて勇くん、まだまだ秘密があるって聞いていますが…
「はい、そうなんです。実は俺…この番組のプロデューサーの秘密を知っています。」
勇の声だ。
…あいつ、なに言ってんだ?
会場がざわつき、勇がスタジオ奥にいるプロデューサーを指差した。
「あの人は…
まずい…葉月さんの事、ここで言うつもりか?
勇を止めなきゃ!
「やめろーーーー!」
俺は大声で叫びながら、収録現場に乗り込んでいった。
勇は話すのを止め、驚いた顔でこちらを向いた。
すぐさま周りにいたスタッフに囲まれる。
「警備員さん?何かあったんですか!?」
あ…俺…そっか…警備会社の、ロゴの入ったジャンバーを着ていた…
そこに、ツカツカと割って入る靴音。
「大丈夫、問題は私の方で対処しておきましたから。とりあえず、今、CM入っています。」
俺の横に並んで、スタッフに話しはじめる。
「…了解です。」
「…そうだったんですね。わかりました。」
皆、口々に返事をして、それぞれの持ち場に散っていった。
そして、勇の元にも駆けていき、何か話している。
言葉に頷きながらも、視線は俺に向けたままだった。
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「CM、開けま~す」
俺は、引っ張られるように、スタジオの奥へと連れていかれた。
濡れたスーツから、雨の匂いがする。
色味のない唇と、メガネ。
それでも、誰だかすぐにわかった。
「あんた…なんで…
俺は言葉に詰まって、声が出ない。
だって、この人は…さっきまで俺と一緒にいた…あの…
「あなた、無茶し過ぎよ…何があったか知らないけれど…生放送に乗り込むなんて…勇くんも勇くんだけど…。」
そう言って、ふうっと息を吐き出した。
ポケットからIDカードを取り出し、首にかける。
手首につけたゴムで髪をくくって、濡れたスーツをハンカチで拭った。
「私も今着いたところよ。間に合ってよかった…。」
「…ありがとう…並木…さん?」
俺は、IDカードに書かれた名前を見て言った。
「ふふっ…今ごろ…ね。」
並木さんは、ちょっと呆れたように微笑んだ。
「私でよければ、何があったか話してくれない?…大丈夫よ、誰にも話したりしないわ。」
俺は、葉月さんの名前も、勇の名前も出さず、概要だけ伝えた。
「やっぱりね…。」
「やっぱり?」
「うん…私、あの人の奥さんからね…相談されてたから…。」
「相談?」
「女の人に手を出してるんじゃないかって…電話をしてるの、聞いちゃったみたいで…。」
「奥さんと知り合いなんですか?」
「ええ、義理の妹よ。」
義理の妹…義理のってことは…つまり…
「…並木…って、あいつもたしか並木って言うんじゃ…。」
俺は、壁にもたれて腕を組んでいる、プロデューサーに目を向ける。
「そうよ、あの人は、私の弟よ。」
「えっ…弟…?」
「そう、しかも双子の弟。…私もね、あなたと同じ双子の兄弟。顔はあんまり似ていないけれど。」
驚いた…声が出ない…
「でも、うちはあなたの所とは違う。一緒にいるのが嫌で、ずっと離れたくて仕方がなかった。こんなにたくさんの人がいても、私たちが双子だって知っているのは、ここには誰もいないわ。…あ、知ってるのはあなただけよ…智くん。」
並木さんは、IDカードを手で掴んで、俺の前に見せる。
「一緒の「なみき」って名前も、嫌で嫌で仕方がなかった。だから、早く違う名前になりたくて、誰でもいいから結婚して…で、案の定、また同じ名前に逆戻り…散々裏切られたから、もう結婚はこりごり…恋愛の仕方も分からなくなっちゃった…。」
並木さんの顔をちゃんと見たのは、この時が初めてだったかもしれない。
今までは、見ているようで、何も見えていなかった。
「それなのに、結局私は弟と同じことを…あなたに…酷いことをしてた…弟と一緒ね…バカな兄弟。
…離れて暮らしていた弟と、久しぶりに再会したのもこのスタジオでね…同じような仕事を選んでいたのにも驚いたわ…結局双子なんだって思い知らされた…。」
「並木さん…なんで俺なんかに…そんな話…
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「…さあ…なんでかな…きっと、うらやましかったのかも知れない…あなたたち二人が…ね。」
並木さんはそう言って、俺と勇を見比べた。
「ほんとに似てる。優しいところも強いところも…全部。
…それからね…あなたと私、なんとなく似てるなあって、感じたの…双子の上の方…素直じゃない上の方。」
並木さんは、肩をすくめて微笑んだ。
素直な笑顔だった。
「弟には、私からきちんと言っておくから、安心して。…さ、そろそろ家に戻りなさい。勇くんの収録ももうすぐ終わるし、あなた、そんな風にしててもやっぱり目立つわ。」
収録は、エンディングを迎えていた。
結局、勇が言ったプロデューサーの秘密は、風呂を1か月入らないっていう、わけのわからない話で笑いをとっていた。
俺は、並木さんに促されて、裏口からそっと外に出た。
もちろん、ジャンバーにサインをして、警備員室に置いてきた。
外は雨が止んで、月がまぶしいくらいに輝いていた。
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勇に、早く会いたい。
もう一人で闘うなって、言ってやりたかった。
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最終話:後編に続く。