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妄想小説@「サクラ」①(大野智)

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身体の調子が悪くて、会社を早退し、近くの病院に駆け込んだ。





「カワハラさーん、カワハラ サクラさーん、2番の診察室にお入りください。」





私は、頭上の番号を確かめて、「失礼します」と中に入った。




ふと目につく、小さな桜の造花。





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「荷物はこちらにおいてくださいね。」



看護師さんと目が合い、軽く会釈をして荷物を置くと、

向こうを向いていた先生が、くるりとこちらを向いた。









その瞬間、胸にドカンと突き刺さるような衝撃。


マスクを外そうと頬のあたりに降りた手は、そのままなにも掴まず拳を握る。






あ…まさか…?




「どうぞ。」と伏し目がちに着席を促す 先生の顔を、もう一度よく見れば、





鮮やかに思い浮かんでくる、高校の卒業式。








「サクラのこと、ずっと好きだった。だから、最後に握手してくんないかな?」




そう言って、伏し目がちに手を差し出してくれたあの時の顔。






私だって好きだった。




けれど、大野くんは、関西の大学に進学が決まっていたし、

私は、卒業後 すぐに海外留学することが決まっていた。






始まりさえしなかった恋が、終わった日。


泣かないようにと上を向けば、早咲きの桜が満開だった。





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「どうぞ?おすわりください。」



「あ…はい。」




私は、乾いた枝が折れるみたいに着席する。


動かない身体。


目玉だけ右にずらせば、名札に「大野」とあるのが見えた。




やっぱり、大野くんだ…。









「どうしましたか?」





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その柔らかなアルトボイスも、あの頃と変わっていない。









「カワハラさん?…今日は、どうしましたか?



「あ…えっと、あの、熱があるみたいで、身体がだるくて…。」




「咳は出ますか?」




「…あの、少し…。」




「では、マスクを外してもらっていいですか?」






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「あ…はい…。」




私は、右手でマスクのゴムに触れた。


こんなに緊張しながら、マスクを外すことなんてない。







大野くんは、横を向いて、トレーの中の器具を手にしながら


「口を開けてください。」

と、こちらを向く。





外したマスクを握りしめ、意を決して顔をあげると、

診察のために身を乗り出している大野くんと、目があった。





そばには看護師さんがいる。




大野くんは、「…えっ?」と私にしか聞こえないほどの小さな声をあげた。




「カワハラ…さんですよね?」



「…はい。」








あの頃の私の名前は、「ワタナベ サクラ」だった。

















続く









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