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妄想小説@「サクラ」②(大野智)

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妄想小説@「サクラ」①(大野智)









…………

 
第2話

















「…そうですか。」




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大野くんが、頷くように、長い瞬きをした。





「それじゃ、口を…。」



私は、なんとも言えない気持ちになりながら、口を開ける。




心の準備ぐらいしたかった。



あの握手の次が、口の中だなんて…考えれば考えるほど、頭の痛みが一気に増した。





「もう少し、いいですか?」



あの日と重なる言葉にざわめく心。



素知らぬフリなどできぬ身体を恨めしく思いながら、もう少しだけ口を大きく開く。



医者と患者なら当たり前の行為が、当たり前に感じられない。


空気に触れる舌先は、少しも静止できずに動いているのがわかる。







早く終われと息を止めた。


不意に差し込まれた金属の冷たさが、私の記憶の淵を刺激して、

目の前の先生が、あの時の大野くんに変わってみえた。



眼前の手は、あの日と変わらず、私の心をざわつかせる。

















『サクラの手、あったかいな。今、初めて知った。』




差し出された手に、そっと手を重ねて、私たちは「さよなら」の握手をした。


嬉しさが、増せば増すほど苦しくて、唇を噛んで必死に堪える。



『もう少し、いい?』



頷くので精一杯。


離れろと急かすように、鳴り始めた学校のチャイム。



『これが、鳴り終わるまで…な。』



あの時、

鳴り終わるな、時間よとまれと、必死に願った。


だけど、そんな願いなど叶うわけもなく、残響音と共に、大野くんの手が離れていく。





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今の私は、あの日と逆のことを願っている。


とにかく、早く終われ…と。







「喉、赤いですね。ご飯、食べられましたか?」




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「あ、いえ…今日はまだ…。」



「食べられなくても、水分だけはちゃんととってくださいね。」



私は、今でも頷くので精一杯。





「次は…。」


と、大野くんが言えば、看護師さんがその言葉を引き継いで、私に告げた。



「セーターの下のシャツをスカートから出して、裾を持っていてくださいね。」


私は、言われた通りに、シャツの裾を引っ張り出して、手に持った。



大野くんは、首にかけた聴診器をつけ、私のシャツの下から右手を滑り込ませる。





あっ…て思った。




今日に限って、シャツの下にタンクトップもキャミも無し。


そんな自分が恥ずかしくて、鼓動がギュンと加速する。




大野くんの眉がピクリと動いて、私を見た。




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聞かれてる。



私のバカみたいに速い心臓の音、大野くんに聞かれてる。








胸のあたりに聴診器を置いたまま、大野くんが言った。



「息を吸って。」



「あ…はい。」


言われた通りに、慌てて息を吸う。



「ゆっくり吐いて…はい、もう一度お願いします。」



大野くんの意のままに、私は深呼吸を続けた。









「今度は背中です。」



今まで、病院での診察を、こんなに長く感じたことはない。


このままこれが続けば、別の病気になりそうだった。








「はい、いいですよ。こっちを向いてください。」



そう言われて、やっと終わったとホッとしたのもつかの間、


ひゅっと顔の前に手が伸びてきて、あっかんべーをするように、私の目の下を、大野くんの指が触れた。





最後の最後で不意打ちをくらった私は、完全にノックアウト。


そのあとの診断はうわの空。





ふらふらと診察室を出て、会計待ちの長椅子にへたり込んだ。




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目の下に残る指の感触。



フーッと息を吐きながら、窓の外に目を向ければ、

あの日と同じように、早咲きの桜が満開だった。




















続く













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