妄想小説@「サクラ」①(大野智)
…………
第2話
「…そうですか。」
あの握手の次が、口の中だなんて…考えれば考えるほど、頭の痛みが一気に増した。
「もう少し、いいですか?」
あの日と重なる言葉にざわめく心。
素知らぬフリなどできぬ身体を恨めしく思いながら、もう少しだけ口を大きく開く。
医者と患者なら当たり前の行為が、当たり前に感じられない。
空気に触れる舌先は、少しも静止できずに動いているのがわかる。
早く終われと息を止めた。
不意に差し込まれた金属の冷たさが、私の記憶の淵を刺激して、
目の前の先生が、あの時の大野くんに変わってみえた。
眼前の手は、あの日と変わらず、私の心をざわつかせる。
『サクラの手、あったかいな。今、初めて知った。』
差し出された手に、そっと手を重ねて、私たちは「さよなら」の握手をした。
嬉しさが、増せば増すほど苦しくて、唇を噛んで必死に堪える。
『もう少し、いい?』
頷くので精一杯。
離れろと急かすように、鳴り始めた学校のチャイム。
『これが、鳴り終わるまで…な。』
あの時、
鳴り終わるな、時間よとまれと、必死に願った。
だけど、そんな願いなど叶うわけもなく、残響音と共に、大野くんの手が離れていく。
今日に限って、シャツの下にタンクトップもキャミも無し。
大野くんの眉がピクリと動いて、私を見た。
大野くんの意のままに、私は深呼吸を続けた。
「今度は背中です。」
今まで、病院での診察を、こんなに長く感じたことはない。
このままこれが続けば、別の病気になりそうだった。
目の下に残る指の感触。
フーッと息を吐きながら、窓の外に目を向ければ、
あの日と同じように、早咲きの桜が満開だった。
続く
だけど、そんな願いなど叶うわけもなく、残響音と共に、大野くんの手が離れていく。
今の私は、あの日と逆のことを願っている。
とにかく、早く終われ…と。
私は、言われた通りに、シャツの裾を引っ張り出して、手に持った。
大野くんは、首にかけた聴診器をつけ、私のシャツの下から右手を滑り込ませる。
あっ…て思った。
「喉、赤いですね。ご飯、食べられましたか?」
「あ、いえ…今日はまだ…。」
「食べられなくても、水分だけはちゃんととってくださいね。」
私は、今でも頷くので精一杯。
「次は…。」
と、大野くんが言えば、看護師さんがその言葉を引き継いで、私に告げた。
「セーターの下のシャツをスカートから出して、裾を持っていてくださいね。」
私は、言われた通りに、シャツの裾を引っ張り出して、手に持った。
大野くんは、首にかけた聴診器をつけ、私のシャツの下から右手を滑り込ませる。
あっ…て思った。
今日に限って、シャツの下にタンクトップもキャミも無し。
そんな自分が恥ずかしくて、鼓動がギュンと加速する。
大野くんの眉がピクリと動いて、私を見た。
胸のあたりに聴診器を置いたまま、大野くんが言った。
「息を吸って。」
「あ…はい。」
言われた通りに、慌てて息を吸う。
「ゆっくり吐いて…はい、もう一度お願いします。」
大野くんの意のままに、私は深呼吸を続けた。
「今度は背中です。」
今まで、病院での診察を、こんなに長く感じたことはない。
このままこれが続けば、別の病気になりそうだった。
「はい、いいですよ。こっちを向いてください。」
そう言われて、やっと終わったとホッとしたのもつかの間、
ひゅっと顔の前に手が伸びてきて、あっかんべーをするように、私の目の下を、大野くんの指が触れた。
最後の最後で不意打ちをくらった私は、完全にノックアウト。
そのあとの診断はうわの空。
ふらふらと診察室を出て、会計待ちの長椅子にへたり込んだ。
目の下に残る指の感触。
フーッと息を吐きながら、窓の外に目を向ければ、
あの日と同じように、早咲きの桜が満開だった。
続く