一つ前のお話→ここをクリックすると②へ
………
模試は最悪だった。
電車が遅れて遅刻。
注目を浴びながら途中入室。
それに焦った陸人は、落としてしまった。
よりによって、一番落としたくなかったアレを。
無情にも、遥か彼方にバウンドしていった消しゴム。
問題は、まだ2問目だった。
これ以上目立ちたくない。でも、消しゴムを使わないわけにはいかない。
陸人は、悩んだ末に小さく手を挙げた。
5秒で心臓は限界に達する。
試験官に気づいてもらえないまま、静かに手を下げた。
案の定、消しゴム無しで受けた英語は散々。
それを引きずって、残りの教科も酷かった。
「俺って…マジでメンタル弱すぎじゃね…?」
あんなに勉強したのにと、悔やまれてならない。
陸人は、教室の隅に転がった消しゴムを拾いながら、ため息まじりにつぶやいた。
「でも、頑張るって約束したしな…。」
頑張っていれば、いつかは結果がでるはずだよな。な、そうだろ?
帰りがけに「雪が落ち着くまで、カラオケでも行かないか。」と誘われたが、
陸人はそれを断って、足早に出口へと向かった。
ロビーの人垣を抜け、ドアを押し開けると、雪が 勢いよく舞い込んでくる。
陸人のカバンについた鈴が、チリンと鳴った。
見上げた空からは、雪が次々降りてくる。
陸人は、傘を開いて、足を踏み出した。
駅は、遠くからでもわかるほど混雑していて、バスにもタクシーにも長い列ができている。
「…歩いて帰れない距離じゃないし、それに、せっかくの雪だしな…。」
陸人は、出しかけたパスケースをカバンに戻し、駅に背を向け歩き出した。
まだ誰も歩いていない場所に、足をストンとおろすのが気持ちいい。
道のあちこちで、子供たちが雪だるまを作る場面に出くわした。
楽しそうな様子を見るたびに、あの日の自分を重ねてしまう。
「朝はすっげー嬉しかったんだけどな…。」
あの日から、陸人にとっての雪は、嬉しいものから、切ないものへと変化していた。
「もう少しだな…。」
カフェに寄ったり、書店に寄ったりしながら、ようやく家の近くまで帰ってきた。
あの雑木林の向こうに、チャコと出会った空き地がある。
陸人は、迷わずそこへ向かっていった。
雑木林をくぐり抜け、眼前がパッと開けた途端、
最初に目に飛び込んできたのは、向こうから飛ぶように走ってくるネコの姿。
陸人は、咄嗟に屈んで手を広げ、そのネコをいつものように抱きしめる。
「おい…お前…?」
どう見てもチャコだった。
「チャコ?なんでお前がここにいるんだよ?」
陸人は、茶色の毛についた雪を手で払いながら、チャコの顔を覗きこんだ。
「勝手にウチから出てきたのか?」
チャコはそれに答えるわけもなく、陸人の頬をペロリ舐めるだけ。
陸人は、チャコの頭を撫でながら、ふうっと息を吐いた。
「あのね、ここはお前に出会った場所なんだよ。あの日も今日みたいにたくさん雪が降ってさ…お前はまだ、すっげーちっちゃくて…。」
切ない想いが胸に溢れて喉を塞ぎ、言葉に詰まる。
陸人は、言葉を発する代わりに、チャコをぎゅっと抱きしめた。
④に続く。