妄想小説@「携帯さとし」前編はこちら
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さとしくんに会う手順。
ちゃんと聞いておけばよかったと後悔した。
どうやったって彼は現れない。
携帯の画面を頬に当てる。
ひんやりとした感触が、寂しさを倍増させた。
涙がツーッと頬に伝わって、携帯の画面を濡らしていく。
「…これ、防水きいてんの?」
えっ?
その声に驚いて、涙で濡れた携帯の画面を見た。
「あんまり泣くと、使えなくなるぞ。」
うそっ…
なんで…
「さとしくん!…どうして?」
さとしくんは耳たぶを触りながら、ぽつぽつ話しはじめた。
「いやぁ…帰ろうとしたんだよ、途中まで…でも、帰るにはさ、まだ時間があるから…。」
「もしかして…私を心配して、戻ってきてくれたの?」
「い、いや、まあ…その…俺のせいで、失恋させちゃったからな…。」
さとしくんは、申し訳なさそうに私を見上げた。
「君は平気だって言っていたけど、ほんとは泣くほどつらかったんだな…ごめんな。」
さとしくんは、私が失恋したから泣いていると思ってる…?
「こんなとき、そばにいて慰めてやりたいんだけど…俺、こんなだから…ごめん…
君が泣いてるっていうのに、涙さえ拭いてあげられない。」
さとしくんは、私に向かって手をかざした。
「さっきみたいに、画面にほっぺをつけてみて…
私は言われるままに、画面に頬をつけた。
「こんなに近くにいるのに…触れられない…
さとしくんの声を近くに感じる。
胸の奥がザワザワと揺れ始めた。
「画面は温かい?それとも冷たいの?」
「…冷たいよ。」
「そっか…じゃあ俺は…君を温めてあげることもできないんだな…
さとしくんの声があまりにも切ないから、言葉を発することさえ躊躇ってしまう。
「何にもできなくてごめんな。」
「俺ってほんと、役立たず…
さとしくんの目には、涙がいっぱい溜まっているように見える。
それがこぼれないように、目線を上げた。
「結局戻ってきても、俺は君に何もしてやれない。」
私は何度も首を振った。
「ううん、そんなことない。
さとしくんが戻ってきてくれて、すっごく嬉しかったよ。
泣いていたのだって、失恋したからじゃない。
さとしくんにもう会えないと思ったら、涙が溢れて止まんなかったんだよ。」
「そっか…。」
さとしくんは、「ありがとう」と言って、私に背を向けた。
「でも…君は君の世界の男に、幸せにしてもらうんだ…
そう言って、さとしくんはゆっくりと歩き出す。
「待って、さとしくん!あなたを呼ぶ方法を教えて!また会いたいの…ねえ、さとしくんっ!!」
私がそう叫んでも、さとしくんは振り向いてくれなかった。
それでも私は、叫ぶことしかできなかった。
手を掴んで引き留めることができないもどかしさ。
走って抱きしめて、引き留めたい。
小さくなっていゆく背中。
次第に画面が暗くなり、いつもの待ち受けに戻った。
さとしくんは行ってしまった。
もう泣いても叫んでも、さとしくんが私の携帯に現れることはなかった。
あれから、携帯の画面を見るのが癖になった。
なんの用もないのに、何度も画面を見てしまう。
会いたかった。
さとしくんにもう一度。
会って、ずっとそばにいてほしいと伝えたかった。
どうにもならない想いを抱えたまま、時間ばかりが過ぎていった。
出勤途中に通る公園は、朝もやに包まれ、ひんやりとした空気が漂う。
木々の間をゆっくりと歩いていく。
新鮮な空気が、私の心を洗ってくれるようだ。
さとしくんのいる世界には、こんな景色はあるのだろうか…
ふと、そんなことを考える。
私は歩みを止め、想いを打ち消すように大きく深呼吸した。
息を吐いて周りを見渡す。
視線の端に、人の気配。
生い茂る木々に隠れて、ここからは足もとしか見えない。
ベンチの上。
見える足先は、ときどきパタパタと動いている。
鳥の声に耳を傾けながら、真っ直ぐ歩いていく。
ベンチに近づくにつれ、その人の姿が露わになる。
ドキリとして、足が止まった。
何度目を凝らして見ても、その景色は変わらない。
急いで携帯を取り出す。
いつもの待ち受けのままだ。
もう一度、ベンチに視線を向けた。
身体を丸めて、どこか遠くの方を見つめているその人は、私が会いたいと願ったさとしくんだった。
「さとしくん!」
私は彼に走り寄る。
さとしくんは、ゆっくりと私に視線を向ける。
「…やっと、君に会えた。」
そう言って、ふんわりと微笑んだ。
「どうして?なんでここにいるの?帰ったんじゃないの?なんで人間なの?携帯は?ねえ、なんでなんで?」
私は矢継ぎ早に質問を繰り返す。
さとしくんはそんな私を、優しい眼差しで見つめるだけだ。
さとしくんの手が、私の頬に触れた。
温かな大きな手。
そっと涙を拭ってくれた。
「…君に…触れることができた…
さとしくんの瞳が揺れている。
私の涙は、さとしくんの手のひらに吸い込まれていく。
「俺たち自身もね…一つだけ願いを叶えることが、できるんだよ。」
私はその意味が分からずに、さとしくんを見つめた。
「だけど、願いを叶えてしまうと、俺にはなんのチカラもなくなる。そして、自分の世界すら捨てることになるんだ。」
「…どういうこと…?」
「まだわからない?俺は自分の世界を捨てたんだ。」
ああ…私は言葉の意味をようやく理解した。
涙が、後から後から溢れて止まらない。
「もう一度君に会うために。」
言葉が出ない。
流れ出るのは涙ばかり。
「願いを叶えた。俺はもうなんのチカラもないただの人。」
私に向けられる視線の優しさ。
透明で純粋で、儚くて…抱きしめたくなる。
私はさとしくんの前に歩み寄り、胸にコツンと頭をぶつけた。
「私もずっと会いたかった。ずっとそばにいてほしいって、ずっとずっと…
最後の方は、言葉にならないほど泣いていた。
さとしくんの手が、私の背中に回されゆっくりと力が込められていく。
「抱きしめるって、こんなにあったかいんだな…
そうつぶやく、さとしくんの温かさ。
鼓動が重なって、速度を上げた。
「俺、携帯の画面を通してしか、キスをしたことないんだ。」
私の顎にそっと添えられる指。
「画面越しの冷たいキスしか知らない俺に、本当のキスを教えて…
そうして、ゆっくりと重なる唇。
あたたかく柔らかく、そして甘い。
だけど、胸がギュッと締め付けられるほど苦しくて切なかった。
握っていた携帯が、手からこぼれ落ちた。
これからは、携帯をずっと握っていなくてもいい。
ずっと画面を見ていなくてもいい。
だって、こうして手を伸ばせば、あなたに触れることができるのだから。
~ end ~
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耕太まで、あと5日。