小説@時代物「山風五剣伝」①リメイク版
第二話
我らは、妖田を倒すため、残り四人の剣士を探す旅を続けていた。
「ねーーー、姫、歌姫様ってばーーー!」
「何じゃ、雅紀、大きな声を出すでない!」
「だってーーー、腹が減ってどうしようもないんですよ!な、パンの助。」
「ウキキ、ウキー!!」
「ほら、パンの助も腹が減ったと言っているぞ!あそこの茶屋で、ちょっと休んでいきましょうよーーー!」
「ウキーウキー!!」
「あー、分かった分かった。…しかたがない、枡、しばし休むぞ。」
「いやっほーーーっ!」
雅紀とパンの助は、両手を合わせてパチンと叩き、さっさと茶屋の席に着く。
「何にしますか?」
「…お前にする。なんちゃって。」
茶屋の娘と戯れる雅紀の様子に、枡は小さく首を振る。
「全く…ほんとにあやつが、姫をお守りできるのか…。」
「まあ、良いではないか。」
ガッチャーン!
キャアアーーーー!
大きな音がして振り向くと、雅紀の背後にガラの悪い男が立っていた。
「おい、うまそうなもん、食ってんな。俺にも一つよこせや。ガキ!」
「はーー?今なんつった?」
枡はスッと席を立ち、雅紀の元へ歩き出す。
「枡、手を出すな。」
「姫?」
「いいから見ておれ。ほら、雅紀の目の色が変わったぞ。」
雅紀は、バンっと机を叩いて立ち上がり、刀に手をかける。
その様子を見た男が、馬鹿にしたような口調で挑発した。
「なんだ、おい、ガキがやる気かぁ?」
「おう、ギッタギタにやってやる!こいっ!」
二人は、ザッと同時に刀を抜いた。
キイイイイン
キイイーン
「おお、なんと!」
枡が驚きの声を上げる。
雅紀とこの男の太刀筋は、驚異的な速さだった。
「あやつ、うるさいだけではなかったのだな…。」
「相手の男も、かなりの腕前だ。」
枡と顔を見合わせ息を呑む。どちらも一歩もひかぬ剣さばき。
「おぬし、なかなかやるな…。」
「俺の速さについてこられた奴は、お前が初めてだ…。」
「てやーーーー!」
「とおーーーー!」
キイイイイイイン…
弧を描いて刀が弾き飛ぶ。
「くっ…。」
男の着物の袖はザックリと切れ、ガクンと膝をつく。
腕からは、血がしたたり落ちた。
「はんっ!俺に剣で勝とうなんざ、百年早いわっ!…ほら、これを…使え。」
雅紀は、膝をついた男に手拭いを差し出す。
「いらんわ!」
男が振り払えば、雅紀は膝をつきその手に手拭いを握らせた。
「いいから使え。おぬしとはまた剣を交えたいのじゃ。だから早く治せ。」
「なんだ、お前は。変わった奴だな。」
唇をクッっと歪ませて、男が笑った。
雅紀もまた、大きく口を開けてニカッと笑う。
「なんだか、ワクワクするのう。おぬしほどの剣の使い手に、未だ会ったことがないのじゃ。ほら、手を貸せ。俺が巻いてやるわ。」
「よせ、触るな、気持ちが悪い。」
「いいから、早く手を出せ!」
雅紀は、逃げる男の着物を掴んだ。
切れた着物から、腕が見える。
「お…いっ、これは…。」
雅紀は自分の目をこすり、もう一度男の腕を見る。
「姫!!歌姫様!!」
雅紀が、男の血を拭ってこちらに見せた。
「こ、これは…!!」
「なんと!」
「おぬし、光る玉を持ってはおらぬか?」
「…なんでそれを?」
怪訝な顔付きで、こちらを向いた男は、不自然に袖をたくし上げる。
「持っているのだな?それを私に見せてはくれぬか?」
男は、黙ったまま動かない。
「おい、お前、早く見せろってんだ!」
しびれを切らした雅紀が、男の胸ぐらを掴む。
男は、クッと唇を歪ませると、「じゃあ、お前の今日の飯を全部俺にくれるなら、みせてやってもいいぞ。」と言った。
「なんだと~!お前っ!」
枡に首根を掴まれて、雅紀は静かになった。
「枡、こら、離せ!」
「いいから雅紀、飯ぐらいくれてやれ。」
「クッソ。飯でもなんでも食えばいいっ!」
男は、雅紀を見てククッと笑うと、袂から玉を取り出して、我らに見せた。
「…おおっ、わしと同じじゃ…。」
玉には「智」の文字。
「これを、どこで?」
「俺が十八のときに森で拾うた。その時から、この腕に痣ができた。」
「そうか…。おぬし、身寄りはあるか?」
男は、ぺっとつばを吐いて土を蹴る。
「あるわけねーだろ!あったらこんな盗賊まがいなことはしてねえよ。妖田一族に俺の村が襲われ…それで…。」
「さようか…。我らは、その妖田一族を倒すために五人の剣士を探している。おぬしのその痣とその光の玉は剣士の証。」
「おぬし、父上、母上の無念を晴らしたくはないか?我らと一緒に参ろうぞ。」
男は、どういうことだと雅紀を見る。
雅紀は、自分の玉を見せながら、「そういうことだ。」と頷いた。
「なんだと?お前と俺は玉でつながった仲間か。まあいい、お前といたら毎日飽きはせんだろう。」
「このやろっ、またそんなひねくれたことを!」
男は、飛びかかってきた雅紀を振り切って、歌姫の前に立った。
そして、静かに頭を下げる。
「父母の仇、討たせていただきます。」
歌姫は頷き、男の傷に触れる。
「痛むか…?」
「いや…平気だ。すぐにでも戦える。」
「そうか…おぬし、名を何と申す?」
「我は羽風(はかぜ)和也。」
「和也、では、一緒に参ろうぞ。」
「はっ。」
「つかまえたぜーー。」雅紀が和也の後ろから抱きついて、口を大きく開いてニカっと笑った。
「ガキが。」
「あ?なんか言ったか?」
「いや?」
「おかしい、その顔、絶対なんか俺の悪口言っただろう?」
「ウキキキーーーー!!」
「お前、声が大きいぞ、耳が痛いわ。」
はははははははは…
残る三人の行方はいづこ。
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和也の持つ玉「智」とは、
儒教において、五常の一徳目であり、人や物事の善悪を正しく判断する知恵のことをいう。